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メソポタミア

ニネヴェの城壁の上に立つと、周囲約12kmの線が抱え込む市域700haの広がりに、アッシリアがなぜ「古代最強の軍事国家」と呼ばれるのかがまず身体でわかります。王宮レリーフの攻城戦パネルに目を近づければ、工兵、はしご、破城槌の細部が生々しく、強さの正体が勇猛さではなく、軍制改革と属州制、強制移住、国家通信、

メソポタミア

ペルセポリスの階段浮彫に整然と並ぶ諸民族の行列を思い浮かべると、アケメネス朝がただ領土を広げた帝国ではなく、多民族を一つの秩序に組み込んだ国家だったことが見えてきます。

古代ギリシャ

アクロポリスの丘に立ち、標高156mの岩山から港と市街を見下ろすと、古代ギリシャが一つの国家ではなく、山と海に区切られた小さな共同体の世界だったことが腑に落ちます。

古代ギリシャ

紀元前447年に着工し、前438年に主要部が完成、装飾は少なくとも前431年まで続いたパルテノン神殿は、単なる「古代ギリシャの名建築」ではありません。アクロポリスの坂道を登るにつれて風が強まり、海抜約156mの丘上からアテネ市街がひらける瞬間、この建物が都市そのものを見下ろす象徴として据えられた理由が、

古代ギリシャ

オリンピアの発掘された競技場跡に立つと、約190mの一直線が思った以上に長く、焼けつく日差しの下でその距離を走る行為が、単なるスポーツではなく祭祀の一部だったことを身体で理解できます。

古代ギリシャ

--- マラトン平野に立つと、海から上がってくる軍勢の背後にゆるい丘陵がのび、逃げ道も攻め道も地形そのものに決められていたことが腑に落ちます。サラミス水道では、入りきれないほどの艦が狭い海面で折り重なる光景を思い浮かべるだけで、

古代ギリシャ

ガウガメラの乾いた平原を思い浮かべると、長さ5〜6mのサリッサが林のように突き出す正面の圧力と、その脇をヘタイロイが一気に裂いていく速度だけで、アレクサンドロス3世がなぜ前336年から前323年という短い在位で世界帝国を築けたのかが見えてきます。

古代ギリシャ

トロイア戦争は、神話としてはあまりに有名なのに、史実として語ろうとすると急に足元が揺れます。筆者自身、大学院でイーリアスの原文を講読したとき、あれほど知られた木馬が本編には出てこないと本文で確かめ、遺跡調査では層位の読み違いひとつで結論が変わる現場感覚を学びました。

古代ギリシャ

アレクサンドリアの港を思い浮かべると、筆者の耳にはまず、荷をさばく人びとのギリシア語の呼び声、岸辺で重なるエジプト語の祈り、フェニキア商人の取引の声がいっせいに届きます。

古代ローマ

ローマ帝国の歴史は、前753年の建国をそのまま史実として受け取ったり、313年をキリスト教の国教化と混同したり、476年でローマそのものが終わったと思い込んだりすると、骨格が見えにくくなります。

古代ローマ

半日かけて歩いても、ポンペイはまだ見切れませんでした。都市全体は約66ha、公開範囲だけでも約44haに及び、石畳に刻まれた轍や不規則な段差を踏むたびに、ここが「火山で消えた遺跡」ではなく、人が働き、食べ、入浴し、芝居を見て暮らした生活都市だったことが足裏から伝わってきます。

古代ローマ

カラカラ浴場のフリギダリウムに当たる大空間へ入ると、足音と話し声が高い天井へ吸い上げられてから遅れて返り、そこに立つ人間の身体が急に小さく見えました。テルマエ(thermae)は、そんな巨大さで人を圧する入浴施設である以上に、水道・暖房・建築技術、皇帝の統治、